守るのも大変だった日常生活での宗教上の制約
教団では日常生活の中でも、教えに則った様々な制約がありました。
私たちは常にその制約に縛られながら子供時代を過ごしていました。
その中には盗みをしない、他人を仲違いさせない、生き物を傷つけたり殺さない、など今の世界の常識になっていることもあります。
しかし、端から見るとなぜ?と疑問に思われる制約も多く、友達から突っ込まれることも度々あり、言い訳しながら過ごしていたことを覚えています。
教団では嘘をつくことも悪いこととされていたので、ごまかすための嘘もつけませんでした。
面白いコンテンツは全て制限され、生活の中で楽しみを求めることは悪とされていた
教団では悪い情報が入る、とテレビや漫画、街を出歩くと見かける広告やお菓子のパッケージですら悪いものとされていました。
特に母はテレビを見る事を制限していたので、家ではほとんど見ていませんでした。
そのため幼稚園、小学校時代に流行っていたアイドルやお笑い芸人など、テレビから入ってくる情報は全く知りませんでした。
友達からは「なんで知らないの?」と驚かれることも多く、話についていけず会話に入れない、なんてことも日常茶飯事でした。
教団では『死後に高い世界にいく為に、今の現実世界は徳を積み、悪業を落とすためのにあるもの』という考え方がされています。
そのため、生活の中で楽しみを求めること自体が悪いことだとされていました。
遊園地に行ったり、子供向けの様々なイベントに参加すること、おいしいものを食べに行くことや、映画を見に行くことも教えに背くこととされ、母は積極的には行きませんでした。
生き物を殺めない…子ども時代意外と守るのが難しかったこと
教団の教えでは虫を殺すことや傷つけることも悪いこととされていたので、夏場に足に蚊が止まっていると友達が教えてくれても、それを叩くことができません。
小学生時代に仲の良かった友達は、私が蚊を殺さず追い払うだけなのが気になったようで、なぜ殺さないのかしつこく聞かれましたのを覚えています。
嘘をつかずにそれを交わすのも大変でした。
そして家に大量発生したゴキブリも、この教えから殺虫剤などを使うことができなかったため、結局その家を引っ越すまで大量に発生したままでした。
その他にも日常生活の細かいところで制約が。でもそれが普通だった子ども時代
その他にもパッと思い出せるだけでも様々な制約がありました。
例えば冗談を言うことは悪いこととされていたので、お笑い番組を見たことがなく、たまにそういったことを見かけると、母は何が楽しいのかわからないと白けた態度で言い続けていました。
その影響で私たちもいまだにお笑いの笑えるツボが分からない時があります。
教団内では色の制限もありました。
白や紫は高い世界の色とされており、服や持ち物はなるべく白を選ぶようにと言われていました。逆に、黒は地獄の色と言われていたので、黒い服を着る事は子供の頃はほとんどなかったです。
また、少し成長すると短いスカートや肩の出る服も男性の性欲を刺激する、と言われて規制されていました。髪の毛も執着の塊だと、短く切ることを勧められ、胸が大きい女性は執着が強い女性だと巨乳への批判もありました(これらは特に同性から注意されていました)
今思い返せばかなり窮屈な子ども時代を過ごしていました。
しかし、母親がこれを守っている以上、それが普通だと思い込んでいました。更に教団からは、この制約を守ることができない他の人達がかわいそうなんだと教えられており、子ども時代はこれに反抗しようとも思いませんでした。